「中嶋保存会」〜ジャズピアニスト 深澤芳美 〜
ジャズドラム一筋四十余年の中嶋由造さんが脳溢血で倒れたのは去年の十月。
一人暮らしであったので発見が遅れ、救急車で運ばれたのですが、かなり深刻な病状でした。
「二度とドラムは叩けるようになりません」と医師に宣告された親族の方々はもちろん、
仕事仲間やたくさんのファンの間に衝撃が走りました。
何しろジャズの故郷ニューオリンズの名誉市民、
トラディショナルジャズをやらせたら天下一品の素晴らしい腕の持ち主で、
彼を慕って「中嶋保存会」なる物まであるくらいなのです。
入院して一ヶ月、二ヶ月たち、順調に快復し、お見舞いに訪れた人たちと談笑するまでになったのですが、
毎日のようにリハビリに励んでも、左足も左手も動くようにはならない。
半年後に退院出来たものの、やはり車イスでの生活となってしまいました。
でも中嶋さんはドラムを諦めなかったのです。
どんなカタチででも「もう一度ドラムが叩きたい」の一心でファンの待つステージに上がりました。
最初は右手だけでウオッシュボードを叩き、二ヶ月後には車イスに座って右手でドラムを叩き…。
半年たった今はドラム用のイスに座り、右手に二本のスティックを持ち、
右足やそして口も上手に使って叩くようになりました。
最初はハラハラと見守りながら一緒に演奏していた私も「片手片足」だという事を忘れてしまう程の素晴らしさで、
本当に「見事」としか言いようがありません。
復活して以来、毎月出演している浅草のライブハウスには本当にいつもたくさんのお客様が集まります。
そして「心から楽しんで叩いている姿に感動しました。」「元気が出ました。」と声をかけられ、
中嶋さん本人も満足している様子です。
「お客様の前でドラムを叩く事が何よりのリハビリ」だそうで、
共演者の私たちも、改めてジャズという音楽の持つ力の大きさを実感しています。
中嶋由造さんは現在六十五歳。
毎回付き添って来てくれる弟さんの協力あっての事ですが、
いつまでも叩き続けて欲しい、そして多くの人にその素晴らしいドラムに触れて欲しいと願ってやみません。
(2006年10月14日の「東京新聞」の朝刊に掲載されました。
掲載時のタイトルは「『ドラムをもう一度』脳出血を克服」)